「女性の子宮に出来る良性の腫瘍、子宮筋腫の手術の際に特殊なカッターを使うと、腫瘍ががんだった場合、がんを転移させるおそれのあることが分かり、産婦人科の医師で作る学会はリスクは極めて低いものの、心配な人は医師と相談してほしいと呼びかけています。」
とあり、「子宮筋腫にこの機器を使うと悪性になる」かのような誤解が広がっています。
腹腔鏡下手術とは、腹部に5〜12ミリ程度(時に3ミリから4cm)の穴を開け、内視鏡(カメラ)を腹腔内に挿入して行う手術のことで、婦人科のみならず、外科や泌尿器科、整形外科など幅広く行われ、創が小さいため手術後の回復や、美容的にも優れている方法です。
産婦人科の領域では、子宮筋腫や卵巣嚢腫、子宮外妊娠などに用いられ、最近では子宮摘出も比較的安全に行えるようになってきました。
子宮筋腫の手術では、例えば5cm、10cmといった大きな筋腫を取ることは出来ても、その小さな穴から身体の外に回収することは出来ません。
そこでモルセレーターという特殊なカッター機器を用い、12ミリの円筒状に筋腫を細かく切り刻み、体外に回収します。
今回問題となったのは、子宮筋腫と術前診断されたものの、子宮肉腫であった例が約1%強に認められ、それを腹腔内で細かく切除した時に悪性細胞を腹腔内に拡げてしまった手術例があったことを受けて、FDA(米国食品医薬局、日本の厚生労働省にあたる)がこの機器に対して勧告を出したことです。
我々腹腔鏡下手術を行っている医師としては、この機器が悪性の原因ではありませんし、この機器は悪性細胞を拡げてしまった可能性があるものの、真の原因は、術前診断にあります。
良性の子宮筋腫と比べて子宮肉腫は当然進行が早く、数ヶ月の間にどんどん増大します。
超音波やMRIで子宮筋腫と鑑別する診断も、簡単ではありませんが、ほとんどの例で可能です。
また子宮肉腫の場合は血液中のLDHという酵素が上昇することが特徴的です。
つまり、手術前の診断がうまくつかなかった例がそれだけあると言うことで、医療水準の高い日本では1%強の発生率よりもずっと低いと思います。
私もこれまで恐らく数百の子宮筋腫の腹腔鏡下手術を行い、立ち会ってきましたが、1例も子宮肉腫であったことはありませんでした。
海外では子宮摘出術後の子宮回収にもモルセレーターが用いられることがあり、国内では子宮を細切せずに摘出するため、その辺りも発生率に大きな差があると思われます。
それでも病気診断はどう考えても正確な診断がつかないこともあり、それは医療の限界を越える人体、病気の多様性、複雑さ、と言えるかも知れません。
産婦人科の手術現場では、このFDAの勧告を受け、既に5月に入ってからこのモルセレーター、米国のジョンソン・エンド・ジョンソン社の機器は入荷が規制されています。
今後現場に在庫がなくなり次第、子宮筋腫の患者さんは開腹手術に切り替えられるか、創を大きくして回収するなどの対応が迫られます。
一方で、独国のストルツ社製のモルセレーターは、日本の輸入代理業者から、出荷停止が既に解除されており、この違いは我々にもよく分からないところです。
一刻も早く解決し、手術を待機している患者さんに迷惑が及ばないことを願うばかりです。
子宮筋腫の腹腔鏡下手術をお受けになった方も、手術後の病理組織診断で間違いなく良性の子宮筋腫であることが確認された場合はご心配に及びません。
ましてや1年以上経過しても術後の検診で異常が認められていなければ、今回の報道の内容を気になさる必要はないと思います。
報道の終わりにあった、「今後、この手術を受ける患者にはリスクをきちんと説明すること」これは当然行わなければなりませんが、「すでに手術を受けて不安な人には医師に相談するよう呼びかける」とか、「今まで、この器具を使った手術を受けた人は病院でもう一度診察を受けてほしい」とありますが、私は、今早急にあえて相談する必要はなく、お腹が張る、痛む、などの不調がある場合に限って、そうでなければ、手術から1年以上経過していれば、通常の術後定期検診をお受けになればいいと思います。